EVENT
2023.02.27 開催

AKI INOMATA 『昨日の空を思い出す』

アーティストインレジデンス最終報告会
AKI INOMATA 『昨日の空を思い出す』

2021年10月より始まったアーティストインレジデンスの最終報告会を、2023年2月27日(土)19:00よりオンラインにて開催しました。

AKI INOMATA特任准教授が、これまでの本学での活動の経緯と、最終成果である作品『昨日の空を思い出す』について発表しました。 聞き手は、本学大学院研究科長の木原民雄教授です。

『昨日の空を思い出す』は、グラスの水のなかに、昨日の空模様をそのまま現わすようにつくりだした作品です。そのグラスの様子は日々記録されますが、実際に中の水を飲むこともできます。デジタルハリウッド大学大学院を作品制作の拠点の中心として、液体の中に液体をプリントする3Dプリントの技術を1年半かけて開発してきました。

AKI INOMATA特任准教授のステートメント
「コロナ禍に入り、13件の展覧会がキャンセルとなった。人と対面せずに自室で過ごし、空を見上げる日が増えた。そんなコロナ禍に入ってから強く感じたのは、「昨日と同じ今日は来ない」ということだ。逆に言えば、それより前までは昨日の延長線のような今日がきて、きっと同じような明日が続いている、そんな気がしていたことが、今となっては不思議だ。」

作品紹介Webサイト
https://www.aki-inomata.com/works/sky/

最終報告会のレポート

2023年2月27日、デジタルハリウッド大学大学院において、AKI INOMATA特任准教授と研究科長の木原民雄教授によってアーティストインレジデンスの最終報告会が行われたので、その内容を軽く報告したい。

一昨年の暮れに、このアーティストインレジデンスのスタートを記念したオンラインイベントを視聴させて頂いたのだが、今回は、それから約2年が過ぎての成果発表というか総まとめ、という対談&プレゼンテーションである。

およそ2年間にわたって、駿河台キャンパスなどにおいてAKI INOMATA特任准教授とデジタルハリウッド大学大学院の方々が共に取り組まれた題材というかテーマは、『昨日の空を思い出す』というアート作品である。

私事ではあるが、この『昨日の空を思い出す』というフレーズを聴いた瞬間に、昔読んだ『クラウド・コレクター』という幻想小説を思い出した。別にその内容が今回のアート作品と関わりが有る訳では「全く無い」のだが、私が言いたいのは内容云々の前に、それがいかにも心惹かれるタイトルでは無いだろうか? という事だ。

流れゆくものを表現する際に、「儚い」とか「過ぎ去りし」と言った言葉はよく使われるが、なんであれ「久しく留まりたるためしなし」な事象をどうにかして捕らえておきたいと思う人の心は、いにしえの時代から変わらない。
そして「雲」は、その中でも代表的なモノであり、ほとんどの人が身近に観察できる「常に変わり続ける事象」として最たるモノだろう。

『昨日の空を思い出す』・・・もうこのフレーズだけで、私にとっては十分に一行詩として成立している。
感動できる。

ただ、対談を見て感じた個人的な感想としては、AKI INOMATA先生の主眼は単純に「移ろうモノを捕らえる」という処には無いように見受けられる。

なぜ、『昨日の空を思い出す』は、写真でもCGムービーでもオブジェでも無く、「飲み物」という形態を取っているのか?・・・
そう考えると『昨日の空を思い出す』は、AKI INOMATA先生の心象風景では無く、このアート作品を手に取り、飲み干す人にとっての心象風景を紡ぎ出すモノだからではないだろうか?

グラスの中の雲を目で追い、観察し、昨日の空を思い出し、そして「飲み干すのが勿体ない」と思いつつも口の中に運ぶ・・・飲み込んだ後の満足感。心の動き。
その情動を引き出す事こそが『昨日の空を思い出す』と言うアートであり、飲み干された瞬間にようやく完成する作品なのだと思う。

ご本人も口にされているが、AKI INOMATA先生の作品作りと言うかアーティスト活動の主軸は「委ねる」というコトにあるようだ。

AKI INOMATA先生は、自らの心に浮かんだアート作品のアイデアを外在化する。
そして、アウトプットというか「モノ化する」過程を他者・・・それが往々にして他人どころか他の生きものだったりするのだが・・・に委ねて、結果としてできあがったモノが、そこに「在る」というカタチを取られる。
しかしそれらは、紛うことなきAKI INOMATA先生の作品である。

一般的なアート作品のように自身の心象風景を取り出して外在化するのでは無く、制作過程を他者に委ねることで、むしろ「何かを見たい、感じたい」という衝動を、よりピュアに具現化することができているように感じられる。
それがAKI INOMATA先生ならではのアートだと感じるし、そこには、誰か個人の心象風景として加工された・・・良くも悪くも「意図」を持って抽象化された・・・事物では無く、それそのままの姿がアートとして成立している。

そうした点から見ても、『昨日の空を思い出す』は、デジタルハリウッド大学大学院の「アーティストインレジデンス」という取り組みにおいて、またとない絶好の題材(と言っては失礼かも知れないが)だったのではないかと思える。

実際、この作品を実現するための3Dプリンティング技術(ハードウェア的にもソフトウェア的にも)や、使用するマテリアル(つまり飲料)まで、大学院と協働してオリジナルで開発しているのだ。
よくある「産学協同」を越えて「産学一体化」を体現しているデジタルハリウッド大学大学院としては、ベストマッチというか、よくまあこんな物凄いネタを見つけてきたものだとすら思う。

インタビューと対談の中でご本人も「ひとりでは完成できなかった」という主旨の事を言っておられたが、それは本当だと思うし、見方を変えれば、アートとテクノロジーが境目無く混在しているデジタルハリウッド大学大学院だからこそ、わずか2年ほどの期間でこれほどの成果を生み出せたのではないかと考えられる。

実際、これは純粋なアート作品であるものの、新しいビジネスやライフスタイルの萌芽すら感じさせるポテンシャルを持っていると言っていいだろう。

考えてもみて欲しい。
夕暮れ時の仕事帰りの道の途中に、窓から見上げた昨日の空の雲をグラスに浮かべて一杯やれる店があるとしたら、毎日でも通ってしまいたくはならないだろうか?
私ならなる。
間違いなく常連となって、本当の「クラウド・コレクター」になってみせる自信がある。

サイエンスがあり、エンジニアリングがあり、アートがあり、デザインがある、デジタルハリウッド大学大学院のアーティストインレジデンスは、間違いなく、自由なものづくりを通じて世界にインパクトを与える素養を持つ・・・あるいは育てることができる場所だ。

今回のアーティストインレジデンスは、そのひとつの美しい結晶といっても過言ではない気がする。

せっかちなようではあるが、いまから次のアーティストインレジデンスの題材とAKI INOMATA先生の今後の活動を見るのが楽しみである。

(KH記)