藤井直敬「現実とオンラインのあいだにあるもの」
2020年の新型コロナウィルスの拡散をきっかけとして、オンラインとオフラインをめぐるコミュニケーションの最適化について、わたしたちは日々模索を続けてきました。オンラインの利便性や操作性を高く評価する一方で、使用感についてはどことなく居心地が悪く、やはりリアルなコミュニケーションの方が優っていると感じた人も多いのではないでしょうか。
しかしながら、他者との意識や感覚の違いをストレスに感じたり、その違いに不満を抱くことは、現実社会において誰しもが経験すること。自宅や職場といった日常的な空間や近しい間柄のみならず、移動の車中や買い物にでかけた先、外食をしているときなど場所や状況によることなく、他者との不和や亀裂、そこから感じる自己の葛藤はいかなる状態でも発生するものです。しかし、近年のSNSを軸とするオンライン上のトラブルは、現実のものとはまた異なる不寛容性や暴力性を秘めているとも言えるでしょう。
人々が口にするさまざまな不満に耳をそば立てていると、その多くは具体的にどこに問題があるのか、明確に把握できていないように感じます。ときには、問題の根元は、すべて未熟なテクノロジーのせいだという声も聞こえました。
コロナ禍で、人々は驚くほど短期間のうちに新たな生活習慣を身につけなければなりませんでした。世界中の人々が同じ問題と立ち向かい、これまでとは少し違うコミュニケーション、暮らしの態度がはじまったときだとも言えます。こういう時代だからこそ、次世代のテクノロジーやデジタルの力を最大限に生かし、この先にどのような現実が生まれるのかを積極的にクリエイトしていく必要があるのではないでしょうか。
私が専門とする「現実科学」は、新しいテクノロジーが生み出す「不自然な現実」を、より自然な感覚に戻すために、豊かな社会のために認知科学的観点から情報プラットフォームを作り上げていくものです。
ここで改めて「現実」について考えてみましょう。「現実に直面する」という言葉を聞くと、まるで現実は天が与えた罰のごとく、あらがうことのできないことのように思えます。しかし、現実とは、実は望ましい環境を自らの手で整え、意図的に作り上げていくものであり、人はそれぞれに自分の手でアレンジしながら、最適化できるはずなのです。
その最適化のために必要なのが、本当の現実を見極める視点です。デジタルハリウッド大学院という枠組みを見たときに、一つの学校の小さなコミュニティであるにも関わらず、そこには多様な種類の人が集まっています。年代も20代から70代までと幅広く、そのキャリアやバックグラウンドはバラバラ。異なるライフスタイルを送り、それぞれが正しいと思うやり方で生きています。
こうしたなかで、皆が独自の主観から現実を理解するのは当然のことですが、ときに自分が置かれている状況や環境を第三者的な視点で見つめ直し、疑ってかかってみると、現実のあり方も違ってくるはずです。
独自のビジネスモデルを展開し、起業を目指す場合でも同様に、自己が信じる現実を疑う感覚は大切です。あなたがこれから行うとする新規事業は、社会に対して何を提供し、どのような変革を起こし、最終的にどんな結果を生み出すのか。提供する側の一方向的な見解でなく、ときにそれを仲介するもの、受け取るもの、外野から傍観するものなど、企業や業界の枠を超えて、いかに多角的に社会と関わりを持っていけるかが、そのビジネスの有用性を決定づけるとも言えるでしょう。
前段でお話ししたように、オンライン上の問題を解決するときも、システムの設計を考え直す以前に、そもそも人が考える「現実」が何かを紐解かなければ、現実とオンラインの間にある違和感はいつまでも拭うことはできないのです。
「議論を尽くす」という言葉は、主に他者と意見を論じ合うことを意味しますが、一つのテーマを自身の力で掘り下げ、頭のなかで議論を尽くしてみると、ビジネスの可能性もより確実なものになってきます。たとえばVRに可能性を感じ、そのテクノロジーを使って何かしたいと思ったときでも、技術的にVRを理解するよりも、あなたがその力をもってどのようなアクションを起こし、いかなるインパクトを社会に与えたいと思っているのかを考える方が役立つはずです。
発想を思いついたときの純然たるエネルギーは、他者の心を動かし、新しい現実を作り出す無限のパワーを秘めています。ところが、合理的で効率的な方法論を構築しているうちに、いつのまにか思考が偏り、本来の魅力が失われていってしまう。
これに打ち勝つには、発想力や機動力だけに頼ることなく、徹底的にリサーチを行い、さまざまな知識・情報を収集したうえで多角的に考察を重ね、実践に足る耐久性のある戦略を見出さなければならないのです。
私のラボで行われる議論は、「発散の連続」です。一つの考えから、どんどんと意見が飛び火し、ときに収拾が付かなくなることさえあります。でも、この発散という行為はとても大切だと考えています。
すべてのアイデアは、はじめは模倣に近い状態からスタートするもの。しかし、幅広いリソースから豊かな発想の転換を繰り返すことで、多くの人を魅了するオリジナリティ溢れるものへと変革していくのです。
藤井直敬
東北大学医学部卒、眼科医、東北大学医学部大学院にて博士課程終了、医学博士。1998年より MIT Ann Graybiel lab でポスドク。2004年に帰国し、理化学研究所脳科学総合研究センターで副チームリーダーを経て、2008年より適応知性研究チームのチームリーダーを務める。社会的脳機能の研究を行う。2014年に株式会社ハコスコを創業。著書に『現実とは?:脳と意識とテクノロジーの未来』『つながる脳』など。