2022年2月26日、デジタルハリウッド大学駿河台キャンパスで、デジタルハリウッド大学大学院(以下、DHGS)成果発表会「ECHOES. DHGS the DAY」が開かれた。
コロナ禍による世界的な混乱が続くなかで、さまざまな壁にぶつかり、試行錯誤し、挑戦を重ねてきた学生たち。そんな彼・彼女らの大学院における活動の集大成となるプレゼンテーションの場だ。
今年度のテーマ「ECHOES.」には「世界に響き渡るものたちであってほしい」という思いが込められている。 今回のイベントで行われた活動報告は、2021年度DHGS修了生による「修了課題プレゼンテーション」と、DHGS在学生および修了生・教員・スタッフの取り組みを紹介する「ライトニングトーク」の2種類。修了課題プレゼンテーションは前半と後半の2部に分けて行い、その間にライトニングトークを挟む構成で進行された。
なお、今年の成果発表会は昨年同様、コロナ禍の影響を鑑みて登壇者のみ現地参加とし、その模様をYouTubeでLIVE配信した。昨年度MVPの2名を含む合計24名のなかから、一部のプレゼンテーションを紹介する。
修了課題プレゼンテーション・前半は6名が登壇した。そのうち2名のプレゼンを紹介する。
清野は広告代理店でクリエイティブ・プロデューサーを務めるかたわら、子ども向けの創造力開発スクール「SCHOP SCHOOL(スコップ・スクール)」にてコンテンツを制作している。
「子ども向けのプログラムを実施するうち、これはむしろ大人に向けてやったほうがいいんじゃないか? 中高年にこそ必要なものなんじゃないか? と思ったのです」(清野)
スコップ・スクールは様々な分野の専門家を講師として迎えて行う、「実践的創造力」の開発スクールだ。その中でも、企業研修向けコンテンツ「大人スコップ」の例として、清野はサイコロを使ったプログラムを紹介した。
プログラムでは「どこで」「何を」「どうする」の3つに対し、「いつも仕事でしていること」「いつかしてみたいこと」「自分とまったく関係ないこと」から想起する言葉をサイコロの各面に記入。サイコロを振って偶然できた言葉から、ビジネスへ展開する企画を考える。
企画をふまえて全員でディスカッションし合うことで、新たな刺激と気づきが得られるのだ。実際の参加者からは「リラックスして楽しみながら学べた」「凝り固まった脳が柔らかくなった」等の意見が寄せられたという。
清野は「実践的創造力は、事業創造や企業成長に不可欠なものだ」と言う。
「子ども向けの遊びを社内研修でやるのか?と、否定的に思う人がいるかもしれません。でも創造力は、遊びから鍛えられるのではないでしょうか。社員のクリエイティビティーを引き上げることが、企業成長につながるのです」(清野)
遊びに見えるような体験から創造力を掘り起こす、それが「大人スコップ」のメリットだ。清野は「あなたの会社でも、大人スコップをやってみませんか?」と視聴者へ呼び掛けた。
「皆さん、日本の未来に希望を持っていますか?」 そう語り始めたのは、東京都中央区議会議員を務めている高橋元気だ。
コロナ禍による不安。なかなか上向きにならない日本経済。高橋は「このままではダメだ」という思いから政治の世界へ飛び込んだものの、それぞれの課題と向き合う中で多くの市民から不満や怒りの声を聞いたという。
しかし、1人の力だけで世の中が変わるわけではない。高橋は、政治が変わらない理由として「投票率が低い」ことを挙げた。では、どうすれば投票率を上げることができるのか。そこで目を付けたのが、ゲームによる課題解決だ。名付けて、政治家育成シミュレーションゲーム「政治家になろう」。
「民間企業は、政治のゲームなんて売れないだろうと思っています。しかも選挙や政治のノウハウが分からない。だから、このゲームは私しか作れないんです」(高橋)
「政治家になろう」は、プレイヤー自身が政治家となり、選挙戦やまちづくりなどを体験する、「政治家育成・世直しシミュレーションゲーム」だ。ゲームが進行し、政策が実現していくにつれて、街の変化を体感することができる。
「私は『政治家になろう』によって、日本を変えていきたいと思っています。ここからがスタートです。日本には希望がない、未来がないと思っている人は多いかもしれません。でも諦めないでください」(高橋)
高橋は「政治家になろう」の効果として、投票率アップとともに、政治家を目指す若者が増えることを期待している。
「コロナ禍や紛争など、世界では混乱が続いています。でも私は諦めません。政治家こそが希望である、そう信じているからです。ぜひ協力してください」と熱いメッセージでプレゼンを締めくくった。
ライトニングトークでは、デジタルハリウッド大学の在学生・修了生・スタッフなど、様々な関係者が登壇した。
服薬管理と聞くと、処方された薬を飲み忘れたり間違えたりしないよう注意する場面を思い浮かべるだろう。一般的には認知症や高齢者を対象とするケースが多い。ただ、糖尿病やアトピー、統合失調症など幅広い疾患においても服薬管理の課題がある、と山下は指摘する。
「もちろん、飲み忘れや誤飲を防止することは重要です。一方で私は、薬を飲むこと自体が楽しくないという問題もあるのではないか、と考えています」(山下)
そこで山下は、M5Stackというマイコンモジュールを用いて課題解決に取り組んでいる。具体的には「画像認識による薬剤の確認」、「服薬管理データをまとめる」、「服薬のモチベーションを高めるため、M5Stackが声かけをする」等の機能を通じて、服薬管理を行う。
山下は「これらの機能を生かして、薬を飲むことをもっと楽しいものにしたい」と今後への展望を語った。
メディアート「Soup of Voice(スープ・オブ・ボイス)」は、人々の意思を未来に残すことを目的にしたプロジェクトだ。
プレゼンテーターの澤田は、意思を残すためのツールとして、モノやテキストではなく、「声」を選んだ。「なぜなら声は、意識と体から離れることができ、言語情報と非言語情報を兼ね備えた優れたメディウムだからです」と澤田は言う。
スープ・ボイス・ボイスは、人生でたった一度、未来に残したい声を10秒間録音することができる。データ容量は、10秒間のモノラルwavファイルで882KB、世界の人口80億人の声を集めたとしても7,056 TBだ。決して非現実的なものではない。
「私は死ぬまでスープ・オブ・ボイスを続けようと思います。私が死んだら、息子に声のスープを委ね、澤田家末代まで継承し、人類が滅んだ後も残します」(澤田)
スープ・オブ・ボイスは、これまで落合陽一氏監修の「37.5℃展」や、国際カンファレンス「SIGGRAPH Asia」にて展示を行ってきた。今後は名古屋市、フランクフルト、ニューヨークで展示する予定だ。
ライトニングトークに続き、後半の修了課題プレゼンテーションへ。お披露目をエンタメにするアプリや空間転送装置など、多種多様なジャンルのプレゼンが続いた。
ITエンジニアである吉見が開発したのは、6面ディスプレイをアップデートした「X空間転送装置」だ。立体の6面すべてに画面を配置しており、360度どこからでも覗き込むことができる。
従来の空間を撮影した映像は、奥行きの情報を持っていない。また3D空間は一目で把握しづらいため、対象を見失いやすいという課題がある。
「6面ディスプレイであれば、360度見たいところに目が届くようになるため、従来の課題が解決できます」(吉見)
最新デバイス普及のきっかけになるのは、そのデバイスを活用したキラーコンテンツの存在だ。吉見は、6面ディスプレイを使ったキラーコンテンツとして次の3つを挙げた。
● 6面カメラで撮影したクジラ
実際のクジラを6面カメラで撮影し、クジラのいる空間をそのまま抜き出すようなコンテンツを作成する。まるで手の中にクジラがいるかのような体験ができる。
● ペンローズの三角形を使用したゲーム
有名な不可能立体「ペンローズの三角形」で、ボールを落とさないようにバランスを取りながらゴールまで運ぶ。
● AIキャラクター
6面ディスプレイの中に、ボーカロイドのようなキャラクターが登場。歌ったり踊ったり、会話したりと楽しい時間を過ごせる。
昨今普及しつつあるXRデバイスとも連携を図る。ビジネスモデルとしては、6面コンテンツのプラットフォームを構築し、SNSやメタバース上での展開を考えているという。基本は無料で、アイテム課金やサブスクリプションを組み合わせて収益を得る。 吉見は将来像として、はるか上空から見た地上の様子や、宇宙の絶景が6面ディスプレイを通して全世界に配信される場面を紹介。最後に「パートナー募集中です。共に作り上げましょう」と呼び掛けた。
藤吉はダンス歴22年の映像作家だ。動画を軸にしたコミュニケーションの制作や、自分らしく生きる人たちを応援するサービスの開発に取り組んでいる。
藤吉が助けたいと考えたのは、仕事ではなく、趣味としてパフォーマンスを楽しむ人たち。そこで開発したサービスが、ノルマチケットが買えるチケット売り場「For Guest」である。 ノルマチケットとは、主催者が出演者にチケットを販売することでイベントを開催する運営方法だ。出演者がチケットを購入することで、主催者はイベントの集客に関わらず一定の利益を得られる。そして出演者は主催者から購入したチケットを観客へ向け改めて販売し、集客を行う。
従来のノルマチケットでは、まず出演者が「チケットを買ってくれませんか」とSNSやメッセージで友人、知人に伝える。相手から「行きたい」と返事が来れば、チケットとお金のやり取りを個人間で直接行う。しかしノルマチケットは、物理的・心理的に売りづらいという課題もある。
「じゃあ、電子化すればいいんじゃないの? と思うかもしれません。しかし現時点では、主催者・出演者・観客という3つの関係性でチケットの媒介ができるサービスがない。そこで、新たなサービス『For Guest(フォア・ゲスト)』を考案しました」(藤吉)
「For Guest」では、主催者が作成したイベントページを元に、出演者も独自の販売ページを作ることができる。そのURLをシェアすることでチケットを販売できるのだ。もちろん電子チケットなので、現金のやり取りから解放される。
さらに、出演者が付加価値のあるチケットを販売できる機能や、観客から出演者へ投げ銭できる機能も実装する予定だ。
「友人にパフォーマンスを見てもらう。友人のパフォーマンスを見に行こう。『For Guest』で、身近な人と仲良く暮らす未来を作ります」(藤吉)
昨年度のMVP、園田正樹によるゲストプレゼンテーションのあと、デジタルハリウッド大学大学院・木原民雄専攻長より総評と受賞者の発表が行われた。
今年度は、社会にインパクトを与える実装が期待できる2名に、MVPのかわりとして奨励賞が授与された。
木原専攻長は「評価も大事だけど、むしろ一人ひとりが何かにぶつかって掴んだ、そのことが重要だ」と総評を述べた。
「目の前にある課題に対し、こうすればいいんじゃないかと思ったことを自分でやってみる。ぶつかってみることが大事です。そこで響いたエコーを確かめられたのが、今日の成果発表会でした。壁にぶつかりながら取り組んだ一人ひとりを褒めたいなと思います」(木原専攻長)
DHGS生としての活動は、今回の成果発表会をもっていったん終了となる。
しかし、さまざまな壁にぶつかりながら挑戦しつづける者たちの歩みは、これで終わりではない。社会の混乱は続いているが、修了生たちの活動はきっと、明るい未来へと繋がっていくはずだ。
(文=村中貴士/写真=長野竜成/編集=ノオト)
▼大学院成果発表会の動画アーカイブは以下よりご覧いただけます。