2023年12月4日、吉村 毅教授が立ち上げた「中国エンターテインメント研究プロジェクト」の一環として、デジタルハリウッド大学大学院は、特別講義「中国映画とアニメの今、そして未来」を開催しました。
登壇されたのは、中国の動画プラットフォームbilibili(哔哩哔哩)や、中国版TiktokのDouyin(抖音)などで数百万人規模のフォロワーを抱える、日本人インフルエンサー・山下 智博氏と、中国の大手映画配給会社Road Pictures(路画影視伝媒有限公司)で『すずめの戸締まり』『THE FIRST SLAM DUNK』などを中国に輸入した松本 祐輝氏、加えて、数々の海外映画・ドラマを日本に輸入してきた、デジタルハリウッド大学大学院の吉村 毅教授ら3名。中国の映像作品と中国市場における日本の映像作品の現状や、今後の可能性について解説しました。
全世界の人口約80億のうち、17.5%(約14億人)の割合を占める中国。その人口の多さとマーケットの大きさにビジネスチャンスを見出し、中国へと進出していく日本企業も多くあります。
本講義は、巨大マーケットを持つ中国で、どんな人たちが映画やアニメなどのエンターテインメントを消費しているのか、の解説からスタートしました。
「中国で映画をたくさん観てくれるのは、10代〜30代の若い世代。また、ひと昔前までは、主に北京や上海などの一線都市(一线城市)の人にしか海外映画が届かなかったのですが、今では四線都市(*)と呼ばれる地方での興行収入が好調で、肌感として日本産の作品が中国全土に広がっている」と松本氏は話します。
加えて「これまでは日本アニメを好きになってくれる、海外文化に寛容なオタクが大都市に集中していました。ですがbilibiliやDouyinなどのソーシャルメディアの普及によって、誰もがアニメをたくさん見られる環境になり、毛細血管のように認知度が拡大していったのだと思います」と山下氏が補足しました。
(*)n線都市…都市レベルを段階別に分けたもの。数字が小さいほど政治・経済活動などの社会活動で重要な地位にあり、都市単体で波及力や牽引力を持つ。
これまで中国では、ジブリ作品や『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』『名探偵コナン』などがジャパニーズアニメとしてよく知られており、映画化した際も安定した興行成績を記録していました。
しかし2023年、新たなジャパニーズアニメが大ヒットしました。それが、『すずめの戸締まり(鈴芽之旅)』と、『THE FIRST SLAM DUNK(灌籃高手)』です。
両作品を中国へ配給した松本氏はこう語ります。
「『すずめの戸締まり』は、『君の名は。』が記録した日本アニメ映画歴代興行収入1位をさらに更新しました。また『君の名は。』は、二線都市にリーチした割合がもっとも多かったのに対し、『すずめの戸締まり』は四線都市にリーチした割合が一番多い。これらのことから、新海監督のファンが中国の至るところに増えていることが分かります。さらに『すずめの戸締まり』は、『君の名は。』のときよりも学生のファンを多く獲得したことが分かっており、ファンの母数、居住エリア、年齢層など、すべてが増加・拡大しているんです」
さらに松本氏は『THE FIRST SLAM DUNK』についても続けます。
「『THE FIRST SLAM DUNK』は、中国で放映される映画としては異例で、一、二線都市に住む30代以降の男性が大勢観に来てくれました。映画館に来場する層としてこの結果は、中国では考えられないほど年齢層が高いんです。おそらく、原作やTVアニメシリーズのファンの思い入れが強かったためだと考えられます」と解説。
松本氏は、日本でも今年大ヒットした2作品をもとに、中国のさまざまな地域で日本アニメが愛されている事例を紹介しました。
引き続き、『すずめの戸締まり』を例に、中国のマーケットを見ていきます。なぜ『すずめの戸締まり』は新たに学生のファンを獲得したり、地方での興行成績が伸びたのでしょうか。
松本氏は、コロナ禍にもかかわらず新海監督が中国に訪問したことが、未視聴者層にリーチした最大の要因だと考えています。
「2023年の年始、まだ著名な映画人が訪中を避けていたころ、新海監督が訪問しました。その熱狂ぶりはアフターコロナを象徴する、まさに雪解けのようで。中国版オリジナルポスターが監督によって描かれたり、監督がイベントに登壇したりすると、すべてのアクションが中国で話題になりました。さらに、“中国に遊びに行きました”、”中国のSNSで『すずめの戸締まり』でトレンド入りしました”と、監督がSNSでつぶやくと、それがまた拡散される。監督の一挙手一投足が話題になりました」
2013年からbilibiliに動画を投稿し続けている山下氏は「新海監督のように日本で知られている方が、中国のために特別何かをしてくれることに対して、中国の方はものすごく喜んでくれます。まだ海外の人が全然中国に来ていない状況で新海監督が来てくれたため、我々のことを考えてくれているんだ、という心意気が伝わったのではないでしょうか」と、『すずめの戸締まり』がなぜ中国全土に広まったのかを分析しました。
中国で受け入れられるためには、どれだけ中国向けにプロモーションをしたり、アレンジを加えたりするかが大事な要因になりそうです。
「コロナ禍により新規プロジェクトの立ち上げが減少していましたが、これから世界的にヒットする中国産の作品が必ず出てくる」と話す松本氏。近年公開された素晴らしい作品を例に、中国内で制作される作品の今後の可能性についてお話ししました。
たとえば、2021年に中国で公開された3Dアニメ映画『雄獅少年/ライオン少年』について、松本氏や吉村教授は「世界で戦える作品」と紹介します。
『雄獅少年/ライオン少年』は、中国の田舎町に暮らす貧しい少年が、獅子舞の全国大会に挑み、自らの人生を切り拓く物語です。ダイナミックな獅子舞バトル、格差社会を描いたダークな側面、中国のアニメーターが得意とする鮮やかなCGなどが評判となり、中国で大ヒットを記録。日本では2023年に吹替版が公開され、多くの方が劇場に足を運びました。
ほかにも松本氏は『深海』『長安三萬里』、実写映画からも『少年の君』『宇宙探索編集部』など、話題作を多数紹介。中でも吉村教授は、『宇宙探索編集部』を絶賛します。
「『宇宙探索編集部』は、廃刊寸前のUFO雑誌の編集長が、宇宙人の存在を信じ探索を続ける作品。なんと北京電影学院の大学院生による卒業制作で、約4億円の制作資金が集まったそうです。中国映画と言えばアニメの印象が強いかもしれませんが、本作は実写の映画でありクオリティが非常に高く、それを学生が制作したというのが何より驚きです」
面白い作品が国内で続々と生まれていることから、吉村教授は「数年以内」、松本氏は「早くて来年」に世界的にヒットする作品が誕生すると予想しました。
日中両方のコンテンツが盛り上がっている中、日本と中国のクリエイターがコラボしてアニメを制作するケースが増えているそう。たとえば、bilibiliで配信され中国で話題となったアニメ『時光代理人』の制作陣は、監督が中国、キャラクターデザインは韓国、音楽や背景などは日本の方が担当し、国際色豊かです。
また、2022年に日本で話題となったアニメ『チェンソーマン』や、『Fate』シリーズなどの制作に携わっているシュウ 浩嵩氏は中国人のアニメーターであり、両国のアニメファンに親しまれています。このように、中国や日本のクリエイターたちが合作するアニメが増えていると松本氏は話します。
では、中国でコンテンツを制作したり、中国の方と一緒に制作したりするコネクションはどこで手に入れるのか。
松本氏は「中国は日本以上に学閥意識が強い国柄で、もし学生であれば留学がおすすめ。中国映画業界の最高学府“北京電影学院”、中国最大のメディア系総合大学”中国伝媒大学”、専門性は高くないがチャンスが多い名門“復旦大学”、“北京大学”。これらの大学を卒業すれば仕事を得られる、と言う人もいるほどです」と話しました。
特別講義終盤には、松本氏や山下氏へ質問が寄せられました。
Q. 中国には海賊版が出回っているイメージがありますが、制作者・視聴者などすべての人がウィンウィンなビジネスになるために、現在中国内で著作権の意識は高まっていますか。
山下:10年以上前と比較すると、中国の企業の著作権管理の意識は厳格になりつつあるようです。しかし、「ある程度UGC(User Generated Content(ユーザー生成コンテンツ))による著作権侵害があっても、自社IPの認知を獲得できるならOK」と黙認する風潮が日本よりある、というのも感じています。中国の企業はある程度黙認しておいて、ファンが多くなったらそれに乗っかってプロモーションやマネタイズを仕掛けるという流れが、まだまだ見られます。
松本:配給会社として、わたしたちは海賊版を許さないというスタンスです。今でもモラルがない方がDouyinなどで違法アップロードをしていて、都度我々が対応しています。ただし、テレビでアニメが流れずサブスクリプションサービスもなかった時代でありながら中国と日本の関係が途切れなかったのは、そういった違法行為があったからというのも、歴史としてあります。
ですが2023年において、著作権の意識を高めることは非常に大切です。わたしたちも、違法アップロードに対する対応やアナウンスなどを日々していますが、中国で権利を売れるような環境が整うよう、国民の意識変化が一番重要だと考えています。
Q. 日本のアニメが、中国だけでなく世界に受け入れられていると感じていますが、なぜだと思いますか。
松本:中国でヒットしているのは映像作品そのものが原作である場合が多く、その一方で日本の場合はマンガ原作の映像作品が多いですよね。このマンガという媒体が、トライアンドエラーをしやすいため、面白いストーリーが世に出てくるのだと僕は思っています。
アニメ映画を1本作るのには最低3年と数億円の予算が必要なのに対し、マンガなら作者ひとりの人件費だけでストーリーを生み出すことが可能です。読み切りで試して、読者の反応が良ければ連載。人気がなければ打ち切られてしまうし、面白ければ連載が続いてアニメ化される。競争を勝ち抜いた上で、たくさんの物語が生まれる環境だからこそ、面白い作品が海を超えたのだと思います。
ほかにも、中国内で放映される映像作品の規制に関することや、劇場公開作品の二次利用の話などたくさんの質問にご回答いただき、特別講義が終了しました。
大阪芸術大学芸術計画学科卒業後、2012年に上海へ移住し、13年から中国ネットで動画の配信を開始。以後長年に渡り中国に日本の土着文化を紹介する動画を投稿し、650万人を超えるフォロワーを抱える。
近年は日中双方で広告コンテンツや番組制作、プロデュース業を手掛け、その実績をインバウンド事業に繋げる取り組みをしている。
19年にはビリビリ動画より8名しか選ばれない10周年特別賞を外国人で唯一授与され、長年にわたる日中文化交流の貢献を称えられた。
小樽ふれあい観光大使、愛媛デジタルパートナー等を兼務。
日本の映画企画会社STORYでアニメシリーズの企画制作、番組販売、二次利用、『唐人街探偵 東京MISSION』『アズールレーン THE ANIMATION』等日中合作・中国原作作品に関わった後、2022年に中国に渡航し現職に。
上海在住。中国で業界に携わる数少ない日本人として『すずめの戸締まり』をはじめとしたアニメーションや『百花』をはじめとした実写作品の宣伝配給、商品化に関わる。
早稲田大学 社会科学部卒業、 (株)リクルート、CCC 取締役(創業期メンバー)、エスクァイア・マガジン・ジャパンCEO、GAGA 、カルチュア・パプリッシャーズ(現・カルチュア・エンタテインメント) CEOとし、海外映画の権利輸入、配給、宣伝の総合プロデュースを行う。「セッション」「ルーム」で、買付作品が、米国アカデミー賞を二年連続受賞。他に「キック・アス」「マリリン七日間の恋」など。韓国ドラマでは「イケメンですね」で、第二次韓流ブームを創る。K-POPグループ「インフィニット」を日本でプロデュース。オリコン1位を獲得。デジタルハリウッド大学大学院「日本IPグローバルチャレンジ」PJで発掘した原作小説「千年鬼」(著・西條奈加)のリメイク・アニメ映画企画が、2020年、香港フィルマート併設の国際企画コンテスト「HAF」で大賞を受賞。香港政府からの制作支援金を獲得し香港の映画企画会社でアニメ映画製作中。
現在、デジタルハリウッド株式会社 代表取締役社長兼CEOを務める。
デジタルハリウッド大学大学院では、2024年度より吉村毅教授が担当する研究実践科目ラボプロジェクト「韓国カルチャー&ビジネスコラボ研究ラボ」の開講に続き、同教員が担当する「中国エンターテインメント研究プロジェクト」を開始いたします。
アジアのコンテンツ、ビジネスが世界を席巻する中、特に、世界一の市場であり、また、クリエイティブ&ビジネス人材の宝庫であろう中国に注目し、日本との新たなコラボレーションの形を築きあげよう、という志から本プロジェクトは生まれました。
デジタルハリウッド大学の学部生および大学院生が仕掛けるビジネスやクリエイティブ活動とのシナジーによりに実現していきたいと考えております。
中国での総フォロワー数600万人を越えるインフルエンサー兼コンテンツプロデューサー山下智博氏の活動との発展的協業も視野に入れており、今回のイベントはそのキックオフとして位置づけています。