2021年2月27日、デジタルハリウッド大学駿河台キャンパスで、デジタルハリウッド大学大学院(以下、DHGS)成果発表会「Gen -DHGS the DAY-」が開かれた。
今年度のテーマは「Gen(ジェン)」。ラテン語やギリシャ語で、「生み出す」「生み出されたもの」という意味を持つ。2020年は新型コロナウイルスにより、私たちの生活が様変わりした1年だった。「Gen」というテーマには、そんな中でも、未来を生み出す取り組みをする、といった思いが込められている。
今回のイベントで行われる活動報告は2種類。まずは、今年度のDHGS修了生による「修了課題プレゼンテーション」。そして、DHGS在学生および修了生・教員・スタッフの取り組みを紹介する「ライトニングトーク」。修了課題プレゼン前半の後にライトニングトークを挟み、後半のプレゼンという形で進行された。
なお、今年の成果発表会はコロナ禍の影響を鑑みて登壇者のみ現地参加とし、その模様をYouTubeでLIVE配信した。さまざまな発表の中から、特に注目を集めたプレゼンテーションを紹介していこう。
修了課題プレゼンテーション・前半は6名。持ち時間5分という制限のなか、独自の研究成果を発表した。
トップバッターを務めるプレゼンターは山中享。自身の手掛ける、迷う・探すを無くす体感誘導サービス「LOOVIC(ルービック)」についてプレゼンテーションを行った。山中は、都市部の複雑な街と地図を例にあげ、そのせいで街に出ることを苦手としている人も多い、と語る。
「いつ何時、私たちを襲うかわからない震災。全員がパニックになります。そんな時に、言語が異なる人や、障害を抱える人を本当に助けられるでしょうか? 97%の人が、普段の生活でスマホアプリの地図を使った経験があるとされています。世界中で使われている、このスマホナビの常識を変えたい。車のナビが自動運転に使われているように、私は『人のナビ』を『人の自動運転』に生かしたいんです」(山中)
LOOVICは地図アプリと連動させた専用のデバイスを腕につけることで、スマートフォンの画面を見ずとも目的地へ向かうことができるサービスだ。この「手を引かれながら歩く感覚」により、移動時間が周囲の景色を楽しむ時間へと変わる。目標とするのは、そういった「誰もがやさしく感じるルート誘導」である。
LOOVICが活用可能なのは、屋外を移動するシーンだけではない。荷物の配達先に迷う、お店で商品を探す、空港で搭乗口がわからない……そういった、ありとあらゆる「行きたい方向がわからない」悩みに対するソリューションになるだろう。
いまは実証実験の段階だが、2022年にはクラウドファンディングで量産化、2022年の秋以降には、LOOVICをマルチデバイスで活用できるプラットフォームサービス化を目指す。
「実は私の長男は、視空間認知の障害を抱えています。だからこそ、誰しもが使える優しいテクノロジーを目指している。この技術を世界へ伝えていきたい」と熱く語り、プレゼンテーションを締めくくった。
「私はリハビリテーションの専門家として、これまで多くの方の機能回復および、生活動作能力の維持・改善のお手伝いをしてきました。しかし、高齢者の方のリハビリ継続は難しく、従来のリハビリ方法では習慣化ができずに、介助が必要になってしまうことが多いんです」――そう語るのは、高齢者が楽しくリハビリできるサービス「Virtual Aero(バーチャルエアロ)」を開発した杉山智だ。
高齢者向けの施設や病院には、リハビリ専用の器具がある。しかしそれらは体に負担がかかるだけでなく単純な動作を続けることが多いため、使う側が「つまらない」「やりたくない」と思ってしまうことも少なくない。そこで杉山は、VRとIoTを使い、リハビリが待ち遠しくなるようなサービスが作れないかと考えた。
Virtual Aeroでは、大型ディスプレイに映し出されたリアルな映像とフィットネスバイク、そして音楽を使用する。両者を連動させ、フィットネスバイクを漕ぐことで、ディスプレイ上に表示された公園や海岸沿いなどの野外の景色が、あたかもその場で自転車を走らせているかのように前へ前へと動いていく。ペダルに付いているセンサーと動画の再生スピードが連動するため、実際に外で自転車を漕いでいるような感覚で楽しめるのだ。
同サービスを導入したところ、高齢者の運動時間が1日1~5分から10~20分へと飛躍的に伸びた。システムと連動させれば、車椅子の利用者でも運動できる。骨折や肺炎で入院し寝たきりになっていた高齢者でも、平行棒や歩行器を使って歩けるようになったケースもあるという。
「すでに実証から3年経過しており、効果は各種医療・介護学会で発表済みです。とくに認知症や大腿骨頸部骨折の方、フレイル・サルコペニアなどの方に良い結果が出ています」(杉山)
杉山は「知り合いに高齢者施設や病院・クリニックの関係者がいれば、ぜひご紹介ください。一緒にリハビリの未来を創出していきましょう」と視聴者へ呼びかけた。
※事前収録した動画によるプレゼン
教育者兼プロギタリストとして活動している加茂文吉は、パフォーマンスアート教育を変える教育手法「PaeTech (ピーテック/Performance Art Education×Technology)」について、「Transcale(トランスケール)」、「GrooveTracker(グルーブトラッカー)」、「PickFeel(ピックフィール)」と、自身が開発した3つのアプリの映像を交えながら紹介した。
加茂は、プロミュージシャン「加茂フミヨシ」として活動を行うなかで、数々のベストセラー著書、およびDVDを発表し、ギネス記録「世界最大規模のオンライン・ギター・レッスン(Largest Online Guitar Lesson)」を樹立するなど、先端的な教育実践を行う教育者でもある。
一般的に、楽器演奏のためには音楽理論を習得することが望ましい、とされている。しかし、複雑な理論をマスターするには練習と実践を重ねる必要があり、その過程で楽器の習得をあきらめてしまう人も少なくない。
そこで加茂は、どんな曲のコード進行でも解析し、そのコードに調和する音、刺激的な音など弾き方を自動提案してくれるアプリ「Transcale」を開発した。人力で課題曲を更新するモデルではなく、どのようなコード進行でも自動解析することと、教本やDVDなどにページ数や容量の問題で掲載が困難な膨大なコード進行にも対応していることが、このアプリの新規性となっている。
これを使用することで、生徒が教師から課題曲を与えられるのではなく、自ら選んだ楽曲をもとにし、高いモチベーションのもとで練習にあたることができる。Transcaleを活用したギターレッスンはすでに実践されており、VR学会ハプティクス研究会での特別講演や、ミュージシャン満園庄太郎氏など、様々な有識者からの絶賛のフィードバックを受け、その有用性を確認した。
加茂は、“音楽指導にあたる「教師」の役割は、「理論を教える人」から「学習者と一緒に作る伴走者」へと変容すべきである”、と主張する。
「Transcaleを使えば、もう理論を学ぶ必要はありません。演奏家は、このコード進行でどの音を何のスケールを弾くのか、などと悩まずに、アプリが導き出す音を参考にしながら、どのようにメロディーを紡いでいくか、どのような表現で演奏できるかに注力できるようになります。これを使えば、教師は生徒と同じ時間軸・場所にいなくても、個別最適化された学びを提供できます。これまでのように『こうやって課題をやりなさい』とするのではなく、『あなたはどう思うの?』と問いかけることが未来を生みだす力になるんです。テクノロジーの発展が我々に時間を与えてくれるようになりました。長い時間の修行や経験から我々は開放されたのです。やりたいことは、今やれる未来がやってきたのです」(加茂)
「ギターの練習時間が必要だから、私は仕事に就かない」「ギターなんて弾いていたら良い仕事には就けないから、勉強しなさい」ではなく、「良い仕事に就きたければ、ギターを弾いてパフォーマンスしようよ。アートやろうよ」「これからの時代、人間が最後にやるのはエンターテイメントだよ」という世界へ。PaeTechを通して音楽教育、さらには社会を変えていくことを目指す。
ライトニングトークでは、デジタルハリウッド大学の在学生・教員・修了生・教員・スタッフなど、様々な関係者が登壇した。
DHGS教員の吉村毅は、自身が取り組む「日本IPグローバルチャレンジプロジェクト」について、その取組み紹介と報告を行った。
「日本でも海外でも、ベストセラー小説が映画化されるケースが多いですよね。しかし、実際のところ、日本には有名でなくてもおもしろい小説やマンガがたくさんあります。世界中から集まったデジハリの留学生が、日本の『隠れた名作』を見つけ出し、映像化・アニメ化の権利を母国の映画会社に、母語を生かして売りに行く……。これが本プロジェクトの活動です」(吉村)
その活動の結果、小説『千年鬼』(徳間書店)が香港でアニメ映画化されることになり(『世外 Another World』)、さらに同作品は香港国際映画祭併催の国際企画コンテスト「Hong Kong-Asia Film Financing Forum(HAF)」にて、劇映画大賞を受賞した。
そして、『千年鬼』の作者である西條奈加は、『心淋し川』(集英社)で本年度(2021年)の第164回直木賞を受賞。プロジェクトのコンセプトであった“隠れた才能の発掘”を証明する形となった。
DHGS客員教授の白井暁彦は、自身の所属するGREE VR Studio Laboratoryによるプロダクト「VibeShare(バイブシェア―)」を、オンライン教育を“熱く”するためのサービスとして紹介した。
VibeShareは、「いいね」「なるほど」「驚いた」といった、観客の想いを出演者に伝える「熱狂共有ライブエンタメ技術」として開発されたプロダクトだ。新型コロナウイルスの影響で対面での授業が行いづらくなった現在、この「オンラインで感情を共有する」エンタメ技術をリモート授業でも使えないかと考えた。
プロダクトでは、ホスト側が「わかる」「全くわからない」「この話は好き」などの感情ボタンを事前に設定する。学生などオーディエンスは、PCやスマートフォンで感情ボタンを操作することで、そのボタンに応じたリアクションをホストの身につけたデバイスに送信。文字データではなく、音や振動を通してオーディエンスの感情を受け取ることができる。
自身が講師を務める授業で導入したところ、ふだんの授業では見ないような、学生たちからの豊かなリアクションを得られたという。
「コロナ禍の影響で、私の授業もオンラインになりました。しかし、画面の向こう側にいる人たちが何を考えているか、見えづらいという問題があります。『生徒が共感してくれている』など、反応が話し手に伝わることは重要なポイントです。今後もバイブレーションや絵文字を用いて、言語化しにくい想いを伝える研究を進めていきます」(白井)
ライトニングトークの後は、後半の修了課題プレゼンテーションへ。医療や教育、建設業など、それぞれの領域における課題解決を試みるプレゼンが続いた。
大手建設会社に勤める今泉ゆりかは、多くの人に建設業を少しでも身近に感じてもらうため、2020年に大ヒットしたビデオゲームに目をつけた。
「建設業と聞くと、危険・きつい・汚いという、いわゆる『3K』をイメージする人が多いと思います。でも業界で働く人間としては、建設業に対してワクワクするイメージを持ってもらいたい。そこで、何かエンターテインメントとの接触点はないだろうか?と考えた結果、『あつまれ どうぶつの森』を参考にしよう、と思ったんです」(今泉)
『どうぶつの森』は、プレイヤーは個性的なキャラクターたちと共同生活をしながらコミュニティを発展させていく、任天堂による人気ゲームシリーズ。その最新作である『あつまれ どうぶつの森』では、土木工事さながらに、ゲームの舞台となる無人島を自由に作り変えることができる「島クリエイター」という要素が追加された。ゲーム内に造形表現の要素を取り入れたことが、ヒットの一助になったのではないか、と今泉は分析する。
今泉は同時に、造形表現を行うことで被験者に癒しと気付きを与える「箱庭療法」に注目した。砂とミニチュア玩具を使い自分の世界を創造することで、感情や心身の状態を可視化、造形物を通してセラピーを行う心理療法である。
「造形表現の効果を分析したところ、箱庭療法と島クリエイターには共通点が多いことがわかりました。両者とも、『思ったとおりのものができでなくても、満足感・達成感を得られる』という特徴が特に現れていたのです」(今泉)
デジタル空間上でも満足感や達成感が得られるなら、「建設ゲーム」も需要があるはずだ。建設業の技術とエンターテインメントを掛け合わせることで、新しいヒットコンテンツが生まれる可能性はある。
「私も実際に工事現場にいたので、建設業の大変さは身をもって知っています。けれど、建物が完成したとき、その大変さが吹き飛んでしまうくらいの感動が味わえるのが建設業の醍醐味です。今後もいろんな角度で建設業の魅力を発信し続けます」(今泉)
看護師資格を持つ林千秋は、「医療とテクノロジーを掛け合わせ、人が楽しく生きる手助けができないか」と考え、一時的に看護の現場から離れてDHGSの学生となった。看護師として働くなか、病気で声を出せなくなった「失声者」と接し、そこで「話したくても話せない」辛さに出会ったことが、研究のスタート地点になっているという。
失声者とのコミュニケーションは、筆談や手話、電気式人工喉頭など、すでにさまざまな手法が開発されている。しかし実際には、「文字が読めない人もいる」「コミュニケーションに時間がかかる」といった問題がある。
そこで林は、失声者が簡単に利用できるコミュニケーションデバイスの研究にとりかかった。既存のシステムは、高価な機材を使用していたり、日本語に対応していなかったり、と難点が多い。そこで、身近かつ使いやすいデバイスを製作するため、画像認識と筋電センサーに着目した。
画像認識では、口の形を検出して動的に「あいうえお」を判断させることができた。また、口の動きと文字盤を組み合わせて、言葉を作る仕組みも実装した。このシステムを用いれば、口の動きのみでコミュニケーションを取ることが可能になる。
一方、筋電センサーは、市販品を顔に貼り実験したものの、肌が荒れてしまうなどのトラブルが発生。そこでケーブルを保護したり、肌荒れしにくい電極に変えたりするなど工夫し、独自の筋電センサーを作ることに成功した。現在は、口まわりの筋電図をディープラーニングにかけ、単語を識別できないかと研究を続けている。
「医療現場のニーズに応えるため、私は4月から看護師職に復帰します。今後も引き続き、『ものづくりナース』として活動していきたいです」(林)
「私のビジョンは、安心して子どもを産み、育てられる社会を作ることです」 ――そう自身の思いを発信しプレゼンテーションをスタートさせたのは、イベント最後の登壇者となる園田正樹。
自身が設立したコネクテッド・インダストリーズ株式会社で代表を務めるだけでなく、産婦人科専門医でもある園田。家事と育児を両立する人が最も困ることは、「子どもの急病時の仕事の調整」という調査結果がある。そんなとき、病児を一時的にあずけられるのが「病児保育施設」だが、大きな需要の一方で、利用者は決して多いとはいえない。
「その理由は、使いづらさにあります。病児保育施設に申し込む場合、多くの書類が必要です。そして、9割以上の施設が電話で予約管理している。この仕組みを変えたいと思い、2017年に起業しました」(園田)
苦労の末、2020年4月に病児保育支援システム「あずかるこちゃん」をローンチ。保護者は同システムにアクセス、施設の空き状況を見ながら予約申込みすることができる。多くの保護者から喜びの声があがったものの、それと時を同じくして新型コロナウイルスの感染が拡大するように。ローンチから半年間、営業をストップせざるを得ない状況となった。
その間、園田は現場のスタッフとともに国へ政策提言をしたり、保育士さん・看護師さん向けにオンラインワークショップを開催したり、とサービス拡大に力を注いだ。その成果もあり、2021年1月からは急激に契約数が伸びている。現在「あずかるこちゃん」の登録児童数は4,600人以上。自治体初となる横須賀市への導入も決まった。
園田は「病児保育施設や保育園と連携し、市区町村・病院ともネットワークを作っていきたい。笑顔で生活できる社会を」と、今後の抱負を語り、プレゼンテーションを締めくくった。
修了生たちが課題に向き合い、その成果を発表した「修了課題プレゼンテーション」。審査の結果、加茂文吉(「PaeTechがもたらす教育イノベーション」)と、園田正樹(「子育て支援を変えていく病児保育支援システム」)が今年のMVPに選ばれた。
杉山知之学長は、「子どもたちが育たなければ、日本の未来は無い」と、受賞した2名に共通するポイントを述べた。
「みなさん現場で課題に向き合い、デジハリに出会い、解決する手段を手に入れている。しかも遠い未来ではなく、今使えるものをどう組み合わせれば役に立てるのかを考えている。そこは大学院らしいな、と強く感じました。また、2~3年という短い時間の中で実装し、ビジネス化している人が多い。ダイナミックでおもしろいですよね」(杉山学長)
DHGS生としての修了生の活動は、今回の成果発表会をもっていったん終了となる。
しかし本学修了後も、未来を生み出すための取り組みは止まらないだろう。コロナ禍によって先行き不透明な状況は続いているが、修了生たちの活動によって社会がより良い方向へ向かうことを期待したい。
(文=村中貴士/写真=長野竜成/編集=ノオト)