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本田進太郎氏(DCM修士)が
創業1915年:あぶらとり紙の京都七条・篠田商店と新商品を共同開発
インターネット限定で世界最高級あぶらとり紙を販売

写真:篠田商店あぶらとり紙

本大学院の修了生、本田進太郎氏(DCM修士)が創業1915年:あぶらとり紙の京都七条・篠田商店と新商品を共同開発し、インターネット限定で世界最高級あぶらとり紙を販売されることとなりました。

本田氏は今回、コンセプトデザイン、商品企画、パッケージデザイン等の工程をプロデュースされています。何十種類ものあぶらとり紙を試し、品質、パッケージなどにこだわって、篠田商店様と共同開発されました。今後は引き続きメディア対策、広報、販売促進等のブランドマネジメントを行っていかれます。

創業1915年:あぶらとり紙の京都七条・篠田商店インターネットショップ オフィシャルサイト


あぶらとり紙の由来

金を打ち延ばして金箔に加工する際に、金をはさむために用いられる箔打ち紙で長年用いられたものは「ふるや紙」とも呼ばれますが、もともと金箔屋にとって箔打ち紙は金箔を製造する以外に使い道のない脇役でした。しかし、その紙の特性上そっと顔に当てるだけであぶらが取れることから、舞妓さんに愛用されたことがあぶらとり紙の始まりともいわれます。ふるや紙は金箔の製造工程でわずかにしか生まれない副産物であり高級品です。


篠田商店とは

京都の地に創業して95年、1915年(大正4年)に篠田信作が京都市下京区柳馬場通綾小路において、紙加工業「篠田商店」を創業しました。大正6年には創業者ら当時の技術者が欧米の紙加工技術を研究して、国産初の「紙クロス」を完成させました。大正11年に全国紙業博覧会で相談役を務めるなど当時から業界での信頼は厚く、現在では世界的高級ブランドからも支持され、多くの企業にあぶらとり紙など様々な特殊加工紙を供給しています。


金色のあぶらとり紙

高品質のあぶらとり紙の条件の一つとして、「とにかく顔のあぶらがよく取れる」ことがあげられます。篠田商店の世界最高級の紙の特殊加工技術は、あぶらとり紙の表面を徹底的に平たく、徹底的に滑らかに加工することができます。この紙の状態を業界用語的に表現すると、徹底的に「平滑(へいかつ)に加工することができる」といえます。その篠田商店の技術により、金色のあぶらとり紙が実現しました。この金色のあぶらとり紙は色が珍しいだけではなく、顔に軽く当てるだけで世界最高級の紙の平滑面があぶらを優しく吸収する素肌感覚のあぶらとり紙です。


開発スタッフ

篠田商店あぶらとり紙開発スタッフ
エグセクティブ・プロデューサー 篠田 徹 (篠田商店 4代目店主、東海商事株式会社 代表取締役CEO)
篠田 節美 (東海商事株式会社 代表取締役副社長)
プロデューサー 本田進太郎 (DCM修士)

本田進太郎氏(DCM修士)のコメント

現在のエンドユーザー向けあぶらとり紙市場は、ドラッグストアやコンビニにおける普段使いのあぶらとり紙と、京都や金沢などに代表される伝統的なみやげ物としてのあぶらとり紙に大別されます。しかし、そのどちらのあぶらとり紙もイメージ先行の商品開発と消費スタイルが主流となっています。それらのマーケットに対して技術で勝負する新しいあぶらとり紙を提案してみたい、また、自分が女性だったら友達に自慢できるようなちょっと贅沢なこだわりのあるあぶらとり紙を作ってみたい、という思いから篠田商店とタッグを組んで商品を開発いたしました。これからは、篠田商店のあぶらとり紙を数多くの方に知ってもらい、日常のスキマ時間にささやかな贅沢を味わってもらえるように商品のよさをアピールしていきたいです。


写真:本田 進太郎 氏 (DCM修士)

プロフィール

本田 進太郎 氏 35歳

株式会社日本エスコン Webマーケティング室 部門長 / DCM修士

株式会社サイバーエージェントにてプロデュース業務を経験後、本田広告企画事務所を経営しながら、2006年3月デジタルハリウッド大学大学院を修了。株式会社メンバーズ 大阪支社長などを経て、2008年に株式会社日本エスコン Webマーケティング室 部門長に就任。 これまでに、官庁、メガバンク、クレジットカード、生命保険、自動車、空運、不動産、住宅、電機、放送、通信、出版、映画、音楽、インターネット関連、総合広告代理店、総合商社、化粧品、アパレル、雑貨、外食、中食、人材サービス、冠婚葬祭、学校法人、教育サービス等、70社程のクライアントのeビジネス戦略立案、問題解決や、新規事業開発、メディア開発に従事した。


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